繰り返し何度も何度も聴きたくなる
全ての人に寄り添う柔らかな光のようなピアノの世界

CD “Lilium”
長谷川京介 (音楽評論家)
三宅由利子のCDには繰り返し何度も聴きたくなる魅力がある。そのわけはひとつに作曲家と作品に真摯に向き合う演奏が本来の姿を浮き彫りにするためであり、二つに聴く人を癒す優しさがあること。三つ目に三宅が演奏を通して語りかける内容が豊かなためである。
レコード芸術2019年10月号【準特選盤】レビュー
濱田滋郎 評
察するところこれが初めてのレコーディングらしいが、たとえ録音の機会には恵まれずとも、素晴らしい音楽家は世にいくらも存在するーこのディスクを聴いて、そう思わぬわけにはいかない。三宅由利子が東京藝術大学を了えてウィーン国立音大へ留学したのは1990年のことだというから、30年近い昔。すなわち、この人はCD デビューと言っても新人どころではなく、すでに十二分のキャリアを積んだ奏者なのである。音楽ジャーナリズムの表現に浮かび出る機を得られなかったのには、ブックレット内の文章によると、いわゆる“家庭の事情”的な原因もあったらしいのだが、この人の音楽には、そうした“人生のあれこれ”を識った人らしい味わいも確かに籠
っていそうだ。選曲はバッハ/ブゾーニの〈シャコンヌ〉から始め、ブラームス〈三つの間奏曲〉(作品117)、ショパンの〈夜想曲〉2篇、リスト〈巡礼の年)から〈ヴェネツィアとナポリ〉の3曲そして〈愛の夢〉へと続く。奇をてらったところはなく、素直に「人に聴かせて喜ばれる曲」を揃えたアルバムなのだが、いずれの曲も手のうちに収め切って意のままに表現しており、「これは見事」と実感させるー私という聴きての耳と心には〈ヴェネツィアとナポリ〉において特にそのような実感が強かった。CDタイトルの “Lilium” は、名前の「ゆり」からであろうか。確かに、これは得も言われぬ「薫り」を湛えたアルバムとなっている。
那須田務 評
三宅由利子は東京藝術大学およびウィーン国立音楽大学で学び、モーツァルト全曲リサイタルなどウィーンで演奏活動を行ったのちに帰国、その後は演奏と後進の指導にあたる。バッハ=ブゾーニ編曲の〈シャコンヌ〉やブラームス晩年の〈間奏曲〉、ショパンやリストを収録。〈シャコンヌ〉は重厚な響きで堂々たる佳演。その分、テクスチュアの明瞭さを欠くが、ドイツオーストリアの伝統的な演奏スタイルと言える。中ほどのリリカルな箇所や最後のどこまでも沈んでいく低音がとてもいい。ブラームスの作品117の第一曲、これも大変に落ち着いた弾きぶり。ウィーンに学んだ人らしい柔らかな音色と洗練されたフレージングが好ましい。続く2曲も同様。い
ずれも声部の音量のバランスが良く、旋律がくっきりと浮かび上がる。仄暗い音色はまさにウィーンだ。ピアノはニューヨーク・スタインウェイということだが、ピアノの音色は本人のイメージ次第。ブラームスなどはウィーンの響きがする。ショパンの《夜想曲》第8番も落ち着いた佳演。これも今月の長谷川美沙と同様、往年の名ピアニストの録音を想起させるのはなぜだろうか。たとえばリパッティのような。リストは《巡礼の年第2年補遺》。〈ゴンドラの女〉は高音域のパッセージが美しい。〈タランテラ〉はより一層の力強さと明快さがほしいが、《愛の夢》第3番はバランスの採れたピアニズムと節度の効いた品のある表現でどこか古風な趣が感じられる。


